デッドヒートをくりかえして三人は二駅を歩き続けて、大きな交差点で別れたのです。 文庫止まりの最終電車でおりた僕はすずらん通りを足早に歩いていました。目の前の背の高い女の人を追い抜いて肩からバッグをさげた女の子の数メートルうしろの位置に出たところで「一気に抜ける」とふんだのでしたが、全員がそう思ったのか、たまたまみんな急いでいるのか、足をぐいっと力を込めて大きく踏み出す僕はなかなか彼女たちをふりきれない。 間の悪いことに、タイル歩道の左はしにこちらを向けて置かれたままの看板の両側には、その看板のおかげで人通りが少ないエアポケットのような場所があって、そこに白黒のあいつ(猫)がいたのです。じいと低い位置で歩く人間の足を見つめて、看板をさけて歩いていく人間たちをやりすごしながら。 僕はとうぜんのように白黒(猫)に気をとられてしまい、一気に彼女たちからおくれてその差は数十メートル。すずらん通りを抜けて二つめの曲り角にさしかかります。国道へ出て直線にかけるか、コーナーワークにかけるか選択肢はふたつです。僕は直線を選びました。元陸上部の足で勝負なのです。 数百メートル先まで見通せる真直ぐな歩道を歩いているのは小さな女の子と僕の二人だけ。その差数十メートル。一気に逆転かと誰もが(誰だ?)予想した次の瞬間、僕はあんまりに単調な直線コースを歩き続けることにすっかりあきてしまい、電話をかけて話しはじめました。 「米どうだった?」 「べちゃべちゃだよ。何合炊いたの?」 「五合。」 「多いよ−。」 「せっせと食べないとね。」 「食べなくていいよ。」 と、そんな話をしている僕は差をつめる事ができずに、女の子は歩道橋をのぼって反対側の歩道へ渡ったのでした。真横への移動と階段ののぼりおりのおかげで数十メートルの差はほとんどなくなり四車線の広い道路をはさんでほぼ並んだ位置です。それでも両者はゆずらない。かなりの速いペースでそのまま合流地点の交差点へと僕はやや遅れ気味で歩き続けました。ふと見上げた前方に、暗い裏道のほうを選んだ背の高い女の人の背中が見えます。なんだかなつかしい。「好敵手」という漢字が頭をよぎります。 交差点の信号が赤に変わり、背中を追う僕は一気に差をつめます。そこで一歩前へ足を大きく踏み出して彼女をかわしました。すぐさま一瞬の判断で僕は信号を無視して横断歩道を先に渡る作戦に出るのです。が、しかし、そんな僕を見送る彼女は信号をやはり無視してすぐ後ろから足音が追いかけてきます。 酔っ払いをかわしながら足音を確かめてみると聞こえない・・・と思っていたのは大間違いで国道を走る自動車の音がかき消していたのでした。自動車がいなくなった瞬間にすぐ真後ろでひびく彼女の靴音。さらにスピードアップ。が、差は開かない。ふと反対側の歩道を確かめると女の子もぴったりついています。踏み出す足にかなり力を入れる僕。 三人がたどり着いたのはガードをくぐる大きな交差点。僕はそこで歩道橋の階段を上へ。背の高い女の人は携帯を取り出して誰かと話しはじめ、その声は遠ざかっていきました。反対側の歩道を歩く女の子はそのままスピードをキープして国道の先へ、僕は直角に曲がってさちえの待つ部屋へと向かいます。ここで僕らは解散なのです。ああ、疲れた。 ジャケットのファスナーを全開にしてもじっとり汗ばんだ僕のからだはすっかり熱くなっていて、シャツの二つめのボタンを外して衿をつかんだ左手でぱたぱたと冷たい空気を送りこみながら、少し歩くペースを落とします。背後の気配を気にしながら「なんだかゆかいだねえ。」とにやにやしている僕はだいぶ怪しい人です(ははは)。 しかし、歩くの速いなあ。電車の中で自転車旅行の話をしている男の子が「帰ってきたら太ももパンパンで、10cmは太くなってると思いますよ。」とうれしそうに話していたのを思いだし、精神と肉体をきたえるべく自転車旅行はどうだろうか?と僕は考え始めているのでした。ようするにくやしい(むむむ)。 |